1964年10月、東京

自衛官の職を得た父は、入隊して10年間北海道にいたのだが、ごく一時期都内で勤務していたことがある。
宿舎は埼玉県朝霞の駐屯地内で、そこから代々木に通っていた。
非番の日、宿舎からなかなか外出しない父に、上官がたまには外出してこいと勧めた。

外出したとはいえ、行きたいところもないしお金もない。
なんとなく都内に着いたが、どうしようもなく思案していた父の前にタクシーが通りかかり、見覚えのある顔がハンドルを握っていた。

すぐ上の兄だったそうだ。

2020年に東京で再びのオリンピック開催の一報を聞いたとき、私の頭に浮かんだのはその光景だった。

1964年10月の東京。
父は選手村の警備にかりだされ、伯父はタクシーの運転手で生計をたててそこにいた。
お互い都内で働いているとは知っていても、待ち合わせもしないでよくも偶然に、路上で出会ったものだ。
アジア初のオリンピック開催で希望と活気にあふれる東京。
その中で働きながらもなんとなく居場所がないと感じていたような、若き日の父の姿。
そこにたまたま現れた兄の存在に、どんなにか驚き安心しただろう。
そして兄である伯父も、同じ思いだったのではないだろうか。

祭典が終わり、父は北海道の部隊に戻り、数年後に故郷の佐世保の部隊に配属され、定年まで勤めた。
伯父は私が小学生の頃佐世保に戻ってきたが、家庭的に恵まれず、体もこわして早くに亡くなった。
今も夏になると、伯父と花火をしたことや、竹やぶで竹を切りだしてやぐらを組んでくれ、そこでいとこや弟と遊んだことを思い出す。
2020年に父は80歳になる。
どうか元気で、2回目の東京オリンピックを見てもらいたい。
50年前の今日、同じ五輪マークを東京の青空に見上げていただろう伯父のぶんまで。
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# by akasatana-xyz | 2014-10-10 18:40 | この日によせて

カウントアップ

時々ぎくっとさせられる。
台所。
ふと気付くと何かが動いている。
見ると、キッチンタイマーの数字が黙々と動いているのだ。
あ、と思う。
例えば弁当に入れるゆで卵を作りながら、ほかのおかずを準備するとき、どのくらいゆでているのか、経過時間をみるためにタイマーを作動させる。
できあがり時間を知るカウントダウンではなく、カウントアップで。
もういいねとゆで卵の鍋のガスを止め、からをむいて弁当に入れるが、その時にタイマーを止めるのを忘れるのだ。
しばらくたって気付かされる。
00 58
00 59
01 00
01 01
01 02
01 03

黙々と、お前は刻んでいたんだね。
00って100分なのか、200分なのか。
普段意識しない時間の流れを実直に刻み続け、私に突きつけてくるような。
電池がもったいないというだけではない。
この時間内にあなたは何をやっていたの?と問われているような。

ブログ続けるなら、もっと軽くやんないといけないんじゃないか。
と思いつつ、時間は流れていく。
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# by akasatana-xyz | 2009-12-06 03:21 | このブログについて

ほんとに、ほんとに優勝したんだね

お久しぶりです。
清峰高校センバツ優勝おめでとう。

さっき改めて、3年前の記事を読み返した。
決勝まで勝ち進んだのは同じだが、いちファンとしての当時のドキドキと今日のドキドキは全然違った。
3年前は勝ち進むのがひたすら夢のようで、優勝できたらほんとうに嬉しいだろうなーという感じで見ていた。
でも今年はきっと優勝するだろうな、という感じ。
あまりハラハラせずにここまできた。
今村投手がなんとも頼もしく、ほかの選手も堅守、大会通じて上位から下位まで平均的に打って、ここぞという時に得点。
決勝戦の花巻東も菊池投手が良いと評判だったが、疲労の回復という点では準決勝で第1試合だった清峰が有利だろうな、心配な点とすれば清峰は今まで延長戦もなく、比較的相手を圧倒して勝ってきたので、粘りや勢いでは相手が上手かも。
と思いながら決勝を見た。
予想通りの投手戦で、清峰が押し気味に試合を進めるものの、花巻東・菊池投手の好投に阻まれてなかなかホームに帰れない。
0-0で7回を迎え、清峰の9番打者・橋本選手の一打でようやく1点。
や、やったー!この1点を大事に!
9回裏、2アウトからの花巻東の粘りにはひやひやで、逆点サヨナラもありかと一時は思ったが、外野フライで試合終了。
ああ。
ほんとに優勝したんだね。
ほんとに。
ほんとに。
気付くとじわじわと涙があふれ、私は手近にいた息子どもを抱きしめ、彼らの肩や背中をハンカチがわりにして号泣していた。

3年前、ここ
このあまりに悔しい準優勝は通過点、というより、伏線のような気がしてならないのだ。
次の夏の喜びを倍にするための。

と書いた。
夏にそれは実現しなかったが、だからこそ清峰ファンは、いつか必ず成し遂げてほしいという期待の目でもって、翌年以降のチームを見守り続けてきたのではないか。
そんなに甘くないと思いつつ。
今現実となった「センバツ優勝」という偉業を前に、3年前の準優勝を思い出さずにはいられないのだが、当の清峰の選手たちにとっては、それとこれとはもうあまり関係ないのかもしれない。
3年前というと、今回のメンバーはみな中学2~3年生になりたて、どこの高校に行こうかねーと考える時期に同じ県内の県立高がセンバツで準優勝の活躍、すごかねー、オイも清峰行ってもっと野球頑張ろうかね、と思っていたんじゃないだろうか。
「先輩たちを超えたい、もっと上の成績を残したい」
とは思っても、
「先輩たちの無念を晴らしたい」
というのとは、ちょっと違うだろうしな。
3年だと、部の人間も全く入れ代わりになるし。

ただ、この3年で、清峰は疑いもなく強豪といわれるようになったと思う。
卒業や新入学でメンバーが変わっても、引きつがれていくもの。
3年前、ここ
昨日の勝利後、清峰のある選手が、
「強豪に強い清峰と言われるけれども、明日は横浜に勝って優勝して、自分たちが強豪になりたい」
と言っていたのも気になっていた。
いや当然、ここまで来たら優勝してほしい。
ここまでの実績は、すでに強豪と呼ぶに十分だ。
でも自ら「強豪」とは決して言わないでくれー。
発言してた某選手、ケチをつけるつもりではないのですまぬ。
ただ、日本の西の端のあの静かな街に集った普通の高校生が起こすミラクル、それに心惹かれている自分にとっては、強豪という表現で片付けてしまうのがなんだか寂しいのだ。
遠くに行ってしまうような。
木綿のハンカチーフみたいな気持ちになる。(何のこっちゃ)
おばはんのあまりに勝手な願いである。

などと書いた。
当時は、前年夏に甲子園初出場したフレッシュなチームなのに‥と、ファンであるゆえのもったいなさみたいなものを感じたのだが。
もう、堂々たる強豪だよ!
逆にそれは、全国の名だたる他の強豪校たちから、追われる立場になったということだ。
3年前の夏、再試合までもつれこんだ決勝を演じた早稲田実業はセンバツでは準々決勝敗退、駒大苫小牧は出場していない。
どこが今年の夏の大舞台で頭角を現すのか。
清峰はこれから、前に誰もいない状態で走り続けなければならないのだろう。
ただ、応援しています。

清峰は私の故郷・佐世保の隣町にあるので、私が清峰ファンになったのもそのせいなのだが、地元の盛り上がりようはすごいのだろうなと想像する。
おらが街の高校が勝ち取った栄光。
停滞する雰囲気を打破するなにか。
遠い世界の出来事のようだった甲子園での優勝を、身近なチームがもぎ取った、というのは、誰でもとまではいわないが、なかなか感じ入る人が多いのではないだろうか。
以前ここでも紹介した「春の鯨」という芝居を、奇しくも今年再演しているという。
「春の鯨」とは。
長崎県佐世保市早岐小森川沿い。
一軒の居酒屋。そこで暮らす一家の日常が舞台。
(中略)
二〇〇六年四月四日 時刻は午後三時の少し前。
テレビでは横浜高校(神奈川県代表。二〇〇六年春の選抜、優勝校)と清峰高等学校(長崎県代表。同年、春の選抜、準優勝校)が、死闘を繰り広げている。
地元の期待を浴びながら、清峰高校が長崎の球史に残る偉業を成し遂げようとしている、(もしくは成し遂げられなかった)瞬間であった。
(森 馨由 脚本「春の鯨」ト書きより引用、ブロンズ新社「優秀新人戯曲集2008」所収)

これは佐世保のアルカス佐世保というホールで行われる「アルカス演劇さーくる」という活動の中から生まれた作品で、演出を務める田原佐知子さんと脚本の森馨由さんは、「劇団HIT!STAGE」としても精力的に活動されているそうだ。
田原さんとは実は中学時代の知り合いでもあるのだが、清峰の活躍を見て感じ入った人がいて、その気持ちを演劇という形でうまく昇華している、ということに、驚きと嬉しさと共感と羨望を感じたものだ。
2007年2月初演、今年の2月に佐世保、3月に佐々(清峰高校のある町)公演を終え、4月12日に福岡公演を行うそうだ。
詳細はここ
今回も見に行けないのがすごく残念。
田舎だと楽しみは酒かスポーツか(以下省略)だとよく言われるが、選択肢の少ない、閉塞感のある街に生きる若者の雰囲気がよく出ている脚本。
それは、かつての、あるいは今の自分を投影しているからだろうか。
無理なことだと承知しつつも、東京公演やってくれないかなと思います。
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# by akasatana-xyz | 2009-04-04 02:03 | 清峰をこっそり応援する

玩具菓子と消費税

スーパーなどのお菓子の売り場には、おまけのついている商品がある。
グリコのおまけは子供の頃集めてもいたし、シールつきのものなどは枚挙にいとまがない。
おまけ、というほどなのであくまでも菓子が主、おもちゃやシールなどが従、という位置づけで、それゆえにお菓子売り場に並べられているのだろう。
しかし、この主従が逆転している商品も数多く存在し、陳列棚2~3ヶ所ぶんどーんと使っている店さえある。
棚の上部にはご丁寧にそれらのおまけを美しくディスプレイしてあったりする。
子連れで買い物をするときには十分気をつけてはいるが、初めて行く店でいきなり眼前にこれらと出くわすと失敗である。
息子どもの物欲発火。
ものにもよるが、車関係のおもちゃがついている商品を検知するセンサーが彼らにはついているらしい。
しかもディスプレイは棚の上部にあるにもかかわらず、商品は幼子でも手にとれる高さに並べてあり、気づいた瞬間にはやれどれがいいこれがいいと陳列をグチャグチャにし、品定めをしている。
息子1は「Cミニトミカ」という、トミカをさらに縮小したもの(標識や人形のシリーズやマップもある)、息子2は「まちではたらく車」という商品がいたく気にいっていて、どこの店にそれをおいているかも覚えている。
むろんいつも買ってやれるわけではないが。
‥しかし、親である私自身もお菓子のおまけは好きなんだよな‥。
子供の頃は「グリコパピー」という着せ替え人形のおまけにはまってたし、社会人になってからもおやつは「チョコエッグ」にしてた。
原田知世の「時をかける少女」の復刻版ミニCDのおまけめあてに「タイムスリップグリコ」を買いあさったり‥。
ゴメン。

さてこれらの商品は「玩具菓子」と呼ばれているが、実際はかなり首をひねらざるを得ない。
開けるとガム1個。とかキャンデー1個。というものがかなり多いのである。
これは「玩具」つきの「菓子」ではなく「菓子」つきの「玩具」、「菓子玩具」だろ!
玩具売り場にはときどきしか行かないが、食品フロアに行く頻度は高く、客の目につき購買に繋がるチャンスが多い、だから無理やり菓子を(申し訳程度)つけ、
「これはお菓子ですよ」
と言いはっているのだ。
実態はガムやキャンディーのほうがおまけだというのに。
こういう現象は、いったいいつごろから発生しているのだろう。こんなアイデアを出したのは一体誰なんだ。

ところで消費税。
近い将来消費税率アップするかも、とさんざん言われているが、税率アップの前に無駄遣いやめい!という意見も根強い。
それでも財政が苦しくなるのは確実で、折衷案として税率は上げるが生活必需品は課税しないとかいう案もある。
例えば食料品。
食料品にもピンからキリまであり、霜降りの松坂牛と、特売で100g100円の輸入牛肉とを同等に「生活必需品」とするのはおかしい気もするが、販売店の手間など考えると、
「食料品は一律非課税」
となることも考えられる。
そうなったときには、さきの「玩具菓子」もほかの食品と同じく、非課税となるのだろう。
しかしな。
菓子といっても、実際は玩具だ。
同じものをおもちゃだけ玩具売り場で売ると高率の消費税がかかるのに、ガム1個、飴1個を合わせて売るだけで非課税になるのか?
それは腑に落ちん。
それが許されるなら、みんないろんなもんにガム1個つけて、無理やり食料品売り場に並べるようになってしまうのでは。
「衣服菓子」
「洗剤菓子」
「トイレットペーパー菓子」
「化粧品菓子」
「掃除用具菓子」
「布団菓子」
「ミシン菓子」
「宝石菓子」
「一戸建て菓子」
「土地菓子」‥

あ、調べると、土地の譲渡及び貸し付けは現在でも非課税なのだそうな。
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# by akasatana-xyz | 2008-07-06 03:09 | 余計な心配

祝・再始動

個人的に嬉しい知らせ。
やなせたかし責任編集「詩とファンタジー」かまくら春秋社より創刊

かつてサンリオから「詩とメルヘン」なる雑誌が出ていた。
ある日母が買ってきたその雑誌と出会ったのは、小学校3年生か4年生だったと思う。
それは、私がそれまで読んでいたどんな雑誌とも違っていた。

やなせたかし責任編集。
やなせ氏は言わずと知れたアンパンマンの作者であるが、1981年か82年の当時はおそらくアニメ化もされておらず、私もアンパンマンのことは知らなかった。
叔母の家に、やなせ氏の絵と短い詩が描かれた複製画が飾ってあったような気がするので、
「あーこの人の絵と字見たことある」
とあとで思った。
あとで、というのは、氏は責任編集という立場に過ぎず、メインは読者が投稿した自作の詩やメルヘン(と呼ばれるショートストーリー)だったからだ。
応募作の中からやなせ氏が掲載作品を選び、プロのイラストレーターが絵をつける。
やなせ氏のコーナーや編集後記などもあり、選考や編集についての考えが色濃く反映されていた。
「顔が見える」雑誌だったといえると思う。

まず、さまざまな挿絵の美しさが印象的だった。
わりと厚めの紙を使っていて、印刷の色もくっきりしている。
永田萌、葉祥明、林静一‥いろんな人の絵とこの本で出会った。
この雑誌ではイラストコンクールが毎年開催され、おおた慶文、きたのじゅんこ、内田新哉、黒井健などを輩出していた。
小学生だし、大人が書いた詩を理解するには限界があったが、絵は見たままだ。
原則、見開き2ページに1編の詩と1枚のイラスト。
月刊誌だったのだが、雑誌というよりは、詩画集というほうがしっくりくる。

雑誌らしくなかったのは、広告をほとんど入れていなかったせいでもある。
同じサンリオの画集や詩集の広告などは載っていたが、ほかの広告はなかった。
それは、やなせ氏のこだわりだった。
広告料を得られない雑誌は大変だったのだろう、何年かたって、広告が載るようになったが、雑誌のイメージにそぐわないような広告は掲載を避けていたような気がする。

読者投稿の作品だけでなく、特集などでいろんな詩や絵を紹介していた。
宮沢賢治、中原中也、稲垣足穂に、注目されはじめたばかりの俵万智や金子みすヾなどを、小中学生だった自分にひきあわせてくれた。

たぶん中学3年くらいで購読をやめてしまい、十数年が過ぎ、「詩とメルヘン」の休刊を知った。
ここ に書いてもいるが、残念だった。
と同時に、別に文学少女でもなく、人並みに殺伐としたところもあった10代前半のころに、うまく言葉にならないけど何か感じるものがある場所が、自分にはひとつあったのだ、と気づかされた。
その場に帰れなくなってから。
しかし、今回名前と出版社を変え、季刊になって再始動するのが、ほんとうに嬉しい。
書店に行って探したが置いてなく、注文中。
余談だがここなど、私個人で管理しているブログやホームページなどに広告を入れてないのも、やなせ氏の影響大である。
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# by akasatana-xyz | 2007-11-18 04:34 | なんてことない近況

電話で飲もう

学生のころ、自分と同じく下宿生だった友達と電話で話していた。
「あー、飲みたいね」
とはいえ、友達に会いにいくにも夜中に出かけるのは億劫だった。
寒い。
でも人恋しい。
「あ、冷蔵庫にビールある」
「あ、こっちも」
「飲もうか!」
「うん!」
私たちはすごい発見をしたような気持ちになっていた。
電話で飲もうじゃないか。

人はどうして酒を飲むのか。
学生だった自分は金も無いし、日常的に酒を飲んでいたわけではないが、自分がいやな飲み会に行かねばならぬ義務は無く、酒の席=楽しいものだった。
入学してまもなくの学部単位の新歓コンパ(未成年だった、ごめんなさい)に、サークル、友人グループ、周囲の人といろんな規模の飲み会をして、ついに
「サシで飲もう」
となった。
サシって通じるのか?1対1、誰かとふたりで飲むことである。
友人とコンビニに行ってビールや酎ハイ、つまみを買い、自転車でどちらかの家に行って、ほろ酔いでとりとめなく話し、時に黙り、眠たくなって寝る。
たわいもないが、自分にとっては充実感のある時間だった。
普段なかなか話せないことをゆっくり聞いてもらいたい、また相手のそれを聞いて一言いいたい。
酒自体の美味さはわからない、ただ自分には気のおけない友がいるのだ、それを確かめるために当時の私は酒を飲んでいたのだと思う。

しかし、友達の家に行くのも億劫なときだってある。
自転車が足だったし、家の遠い友達の家には気合を入れて行かねばならなかった。
とくに自分の大学は在学中にキャンパスが移転し、私たちも引越しを余儀なくされたのだが、標高200メートル近いうえに土地の起伏が激しく、冬の夜などひとり自転車で大学を挟んで反対側の友達の家に行くのは過酷。
しかしそんな環境が「サシで飲もう」をさらに進化させ、「電話で飲もう」という発見をもたらしたのだ。
電話でもサシで飲むには変わりない。
万が一酔い潰れても介抱はしてもらえないが‥。

すでにお気づきの通り、電話代という弱点があり、電話で飲んだのはこの1回だけだった。
数万円の電話加入権をバイトして買って、自室アパートの玄関にしかなかったモジュラージャックに固定電話を差し込み、寒い思いをしながら電話していた。
10数年の年月が流れ、今は携帯もIP電話もあるしプランもいろいろ。
電話でも時間を気にせず、親友や彼氏彼女と飲んでる人など、きっとたくさんいるに違いない。
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# by akasatana-xyz | 2007-11-04 04:09 | 思い出した

腰パンをやめさせる方法

いつからか着衣のウエスト部分を下にずらし、時と場合によっては下着の一部が周囲の者に丸見えという着こなしが、若年男子の間で蔓延するようになり、それを苦々しく思う自分はもう若くないのだ。
お前のきたないパンツなんか見せるな!  ず  ん  だ  れ  ん  な  !
などと思うがかような着こなしは、未だに多大なる支持を得ているらしく、謎は深まるばかりだ。
短足に見えるがいいのか?
いいんだろうなきっと。
あまりにそんな高校生ばかりで、だんだん慣れてきた。これもよく考えれば怖いことだ。
さて先日たまたま、NHKの全国学校音楽コンクールだったか、和歌山県立の高校が合唱をしているのを見た。
す、すごいぞこの高校。
腰パン野郎が誰もいない。
男子女子だいたい半分くらいだったが、みんな普通に制服を着て歌っている。
以前新聞のコラムで、若者は大人に反発して独自の流行をつくりあげる、だから腰パンをやめさせたければ老人が率先して腰パンを実践せい、みたいなことが書いてあったのを思い出した。
なるほどな。
きっとこの和歌山県立なんとか高校の先生たちは、校長以下皆腰パンなのだろう。
うちの息子どもが将来腰パンの魅力にとりつかれるような事態に陥ったら、先生たちにこそっと相談してみようかと思う。
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# by akasatana-xyz | 2007-10-25 00:47 | 気になることば

手紙を出そうと思ったけれど

郵便局っちゅうのは。
8月に「今はこれしか」と出された切手は、百人一首に名を連ねる歌人たちの絵。
‥‥‥。
急に暑中見舞いを書きたくなり、数年ぶりに学生時代の友人にペンを走らせた。
夏らしい絵葉書。
せっかくだから切手も爽やかな図案のにしたかったのだが、手持ちの切手のストックには適当なものがない。
でも郵便局に行けばなんかあるだろ、と集配局にまで足を延ばしたのだがな。
ふみの日切手と言われればそうなんだが、涼しげな図案の絵葉書なのに切手は十二単の暑苦しさ。合わん。
暑中見舞い向きの官製はがきは売っているのだが。しかたなくその暑苦しい切手。

郵便局に行くついでに出ている記念切手をチェックし、いいと思うのは買っておくようにしている。
その季節にピタッと合う切手を貼って手紙を出せると「やったぞ自分。」という気になるからだ。
実際は手紙などもうめったに書かないし、受取人もそこまで見てないだろうけども。
しかし記念切手は80円のが多く、絵葉書に貼れるような50円のはほんとに少ない。

世界陸上の切手が出るというので、以前から楽しみにしていた。
現役の選手たちの図案。
偉人でも故人でもない、最近の新聞やテレビでも見るような、これからどこまで記録が伸びるか未知数の選手たちだよ。
ドキドキするじゃないか。
って別に陸上ファンじゃないけど、室伏選手の切手が欲しく、手紙書くあてもないけど買っとこうと思っていた。
発売日は8月下旬。
うう、もう少し早くして。
世界陸上開幕にあわせての発売、とはじゅうじゅう承知だが、この切手には明らかに「旬」があるのだから。
世界陸上終わってから使うのはなんかまぬけだ。

急に書類などを送るとき、送るものにぴったり合った封筒が手元にないことがある。
文具屋に走るのも面倒、しかもお店だと何枚かパックで買わなければならない。
いや必要なぶんだけ、でもきちんとしたのがすぐ欲しい、というとき、郵便局で扱ってくれたらなあといつも思う。
そういうきめ細やかさは、まだまだ足りないような。
そういやこないだ置いてあった、郵便局作成のパンフレットには、
「季節に合った切手を貼って手紙を送ると素敵」
みたいなことが堂々と書いてあったが。
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# by akasatana-xyz | 2007-09-15 16:42 | なんてことない近況

昭和の教科書

安倍首相の祖父も首相経験者、麻生外相の祖父も、といっても、私くらいの年齢だとその人が首相だった時代を知らない。
1972年生まれだと、記憶があるのが大平首相くらいからで、それは昭和も残すところ10年くらいの話だ。
新聞やニュースを見ていると、しばしば過去の事件や人物が当然のように引き合いに出されたりするが、まだ生まれる前のことだというのを割り引いても、知らないことのほうが多い。
学校での歴史の授業は明治大正まではわりとじっくりやるが、昭和に入って、とくに戦後のことは、流すようにしか教わらなかった。
それは、歴史的評価がまだ定まっていないこともあったのだろうか。
例えば、靖国神社参拝のニュースで「東京裁判って?」とか、犯人帰国というが「よど号事件って何?」とか、普段なにかと聞くけどよく知らない昭和のできごとや人物、流行などをまとめた本がこれ。

早わかり昭和史
古川 隆久 / / 日本実業出版社



これ1冊、この値段(1,400円)で政治・経済・外交・文化・社会など、硬軟おりまぜて幅広い昭和がわかる。
政治家や芸能人などの人物についての項もあり、岸信介や吉田茂などの首相についての記述は面白かった。
赤木農相の祖父の毅然とした行動にもわずかながら触れていたりして。
こないだの選挙でも感じたが、自分たちが選ぶ人によってこの国はどうにも変わりうるのだ、という当然の事実を、具体的に示されたような。
昭和という時代が単に懐かしいだけではなく、昭和という時代に起こったいろんなことが、今もなお自分たちの周囲に多大なる影響を及ぼしている。
時代は遡ることはないが、失敗は繰り返してはならず、過去どんな失敗があったか、どうすれば回避できたか、を知るために、昭和の時代について知識を得ることは有効なんじゃないだろうか。
しかしそこまで重く考えなくても、読んで楽しめる、もう一度日本の現代史を勉強しなおしたい大人にとって、よい教科書となる本だと思う。
実は恩師の著作。
とはいえこちらは不出来な学生で、教え子と名乗るのも失礼だろう。さすが先生だなあ、と感心するばかりの、ただのファンに成り果てている。
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# by akasatana-xyz | 2007-08-01 03:05 | なんてことない近況

爽やかな敗北

時をかける少女
/ PI,ASM/角川書店




原田知世が映画デビューした「時をかける少女」(1983年・大林宣彦監督)は大好きな作品である。
筒井康隆の原作は原田版を含め、過去何回もテレビドラマや映画になっていて、1994年の内田有紀主演のテレビドラマや1997年の中本奈奈主演の映画は自分も見ている。
そして安堵した。
「原田版を超えるに値しないな」
原田版に感銘を受けたがゆえに、再度ドラマ・映画化されたと聞くと、挑戦状をたたきつけられたようで見に行かずにはいられない。
しかし。

時をかける少女 通常版
/ 角川エンタテインメント




「時をかける少女」がアニメ化されるらしい、と聞いたのは昨年だった。
見に行きたいが諸事情で行けず。
しかし見に行った人々の反響は漏れ伝わってくる。
「おもしろかった。みんなも見に行こう」
「ゲ○戦記よりずっと面白い」
東京では単館上映だったらしいが長蛇の列だとか、急遽全国で上映決定とか。
むむむむむ。
み、見たい。
と思ってはいたがついに見に行くこと叶わず、遅ればせながら先日のテレビでの放送でようーやく、視聴とあいなった。

‥‥‥‥‥

爽やかな敗北。
感想を一言でと問われれば、こうとでも言おうか。

原田版の話の流れはかなり原作をなぞったものだが、アニメ版「時をかける少女」(2006年・細田守監督)はそうではない。
主人公は2006年を生きる紺野真琴。
仲のいい津田功介と間宮千昭との3人の関係を描く。
真琴の叔母として、原作の主人公・芳山和子が登場し、全編にわたって真琴にアドバイスする。
真琴はとても元気の良い、カラッとしててパワフルで、考えるより行動するタイプの女の子だ。
タイムリープに全く恐怖心は無く、友達にメールするみたいな気軽さで何回も「時をかける」。
まいった。
こんなに爽やかな作品に昇華することができるとは。

比較する意味がないような気もするが、原田版は非常に湿度の高い作品だった。
関東地区ではアニメ版放映の前日深夜(正確には同日になるが)、原田版も地上波で放映していて、私はDVDを持っているにもかかわらず、見てしまった。
1983年作品「時をかける少女」‥、大好きではあるが、改めて見るとうーむ‥と思わされる映画でもある。
まず、演技があんまりだ。
主役・芳山和子役の原田知世も、相手・深町一夫役の高柳良一もあんまりだ。
あれは浮世離れした風を演出した、高等な演技なのだろうか?
それに、出てくる人があまりに古くさい。
公開当時小学生だった私でも、あんな高校生おらんやろ!と思わずにいられなかったような人たちが次々に現れる。
原田知世は下駄をはいているし、尾美としのり演じるもうひとりの仲良し・堀川吾朗は真っ白なハンカチなど携帯しているしな。
(けなしているのではなく、それもなかなかの味わいなのだが)
この高校は、異様に校則が厳しいのだろうか。服装に関しては全員妙に品行方正である。
それに、一夫と吾朗は和子のことを「芳山くん」と呼んでいる。
男子が仲のいい女子を苗字にくん付けで呼ぶか?
公開された1983年の時点でさえ、かなりの古風さを感じたが、今見るとさらに気づく。
「土曜日の、実験室!」
を合言葉に和子と一夫はタイムリープするのだが、完全週休二日制となった現在、授業にも解放されて何かが起こりそうな、土曜の放課後の雰囲気を知るのはどれくらいまでの年齢だろうか。

原田版の中で、芳山和子はタイムリープしてしまう自分に苦悩し、自分がどうしてこうなってしまったのかを知るために最後の1回だけ、自分の意志で「時をかける」。
それは結果として、大好きだった一夫の正体を知ってしまうことになるのだが、第一の目的はタイムリープの能力を得た原因をただ究明したい、ということだった。
この能力で自分や他人をどうにかしようとはしない。
時間に対して受け身なのだ。
広島県尾道や竹原でロケした美しい町並みの中、和風でしっとりした雰囲気は、登場人物の役づくりにも影響しているように思う。
私は「湿度が高い」という表現を使ったが、ひょっとすると10・20代の人は原田版を見ると「重い」と表現するかもしれない。
ラストの主題歌でこけそうになるけど。(見た人はわかると思う)

アニメ版の主人公・真琴はそうじゃない。
自分の意志で未来は変えられるし、この能力で大切な人を助けたい、気持ちに応えたいと、積極的に「時をかける」。
時間という足枷から解放された喜びを謳歌し、何度も何度も転がりぶつかって一時的に肉体の痛みを伴っても、恐れずにまたタイムリープする。
文字通り痛快に。
そのうちタイムリープできる回数は限られていることに気づき、できても必ずしも自分の期待通りにことは運ばない悲しさを知る。
青春ってやつぁ。負けたよ。
しかし、それさえも前向きなエネルギーに変えてゆくような真琴に、いつの間にか共感を覚えているのだ。
真琴ってやつぁ。負けたよ。
誰でも大なり小なり「あの時こうしときゃ良かった」みたいな後悔の念があるんじゃないかと思うが、私ももやもやしてばかりで悔いの多い10代の頃のことをあれこれ思い出した。
だけどそれも含めて今の自分があるのだ、と思えるような、そんなさっぱりした気持ちに、見終わったらなっていた。
ああ。負けたよ。それなのに充実感。

原田版時かけにブラピ主演「リバー・ランズ・スルー・イット」、谷啓主演「クレイジーだよ奇想天外」が、私の大好きな映画トップ3なのは揺るがない。
だけど次点ができた。
余談だがテレビ放映をDVDーRに録画したら、シーン途中で途切れる・関係ないシーンに飛ぶ・かと思うと少し前に戻る・また止まる、と勝手に時をかける代物になってしまい、繰り返して見たかったのに全く話が理解できなくなっていて参った。
DVDプレゼント当たるといいな。
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# by akasatana-xyz | 2007-07-29 04:19 | なんてことない近況